達人列伝

Vol.1 ハナシマレーシング代表 花島広樹

第4回「最初はTSサニー。やがてF3の奥深さに惹かれ……」
ル・ボーセモータースポーツとともにレースを戦う『達人』のひとり、ハナシマレーシングの花島広樹代表を紹介するコーナーも、これで4回目。今回は花島代表がメカニックになったきっかけを話してくれました。
坪松 「花島さん、高校卒業してすぐ専門学校、行ったって言ってましたよね?」
花島 「自動車整備専門学校だったんです。本当は働いてクルマ買って遊びたかったんですけど、『何したいんだ』と親に言われて、いやレースしたいんだと。そしたら、『クルマの整備の免許ぐらい取ってやった方がいいんじゃないか』って父ちゃんに言われて、このまま就職できる雰囲気じゃないなと思って。うちの親父、何にも言わない人だったけど、それだけはボソッと。じゃあ、最短コースで行けばいいんじゃないかと思って。結局、専門学校で2級(整備士資格)を取って、ディーラー入って検査員(資格)取って、検査員取った瞬間やめました」
坪松 「25~6歳までやってましたよね」
花島 「そうそう、トリイレーシング入ったのは、25歳になったばっかり。いちばん好きだったのは、サニーのTSだったんです」
坪松 「サニーね!」
花島 「ノーマルのエンジンを積んだ、最高峰だったんです。あれが好きで入ったんです。TORIIって書かれた、トリイサニーが! だけど、僕が入ったのはマイナーツーリングが終わった年。だから、3レースぐらいしか関われていないんですけどね。影山正彦さんの赤いクルマでした。出てくる前は、九州でゼロヨンやっていたんですが、『サニーのマイナーツーリングは、こんなレベルじゃない!』って、誰かから聞いたんです。『ゼロヨンで9000回転回していたって、富士のマイナーツーリングが常用1万回転回しているんだぜ』とも。えぇ~、そんなサニーがあるのかと。そこからですね」
坪松 「そうなんだぁ」
花島 「だけど、何のことはない、実際には8500シフト(苦笑)」
坪松 「花島さん、ハコから入っているんですか」
花島 「そして根本的にエンジンにしか興味がなかったんですよ。まずはマイナーツーリング触り出して、そこにF3があったんですよ、ラルトのRT32が。その頃、何にも知らなくて、『何じゃい、このインダクションボックス』って。小さい穴が開いていて、当時のF3は24mm径の穴だったんですね。ここから全部空気を入れるんだって。そんなバカなことないだろうと。サニーのTSなんて、45φのウェーバーが4つ付いているじゃないか(笑)。そんなところから始まって、不思議なエンジンだな、と。そんなことを思い始めて、うちの工場で見たら、付いているじゃないですか。それからですね、『そんなバカな!』と思い出して。やっぱ、自分でやり出したら、ちょっと変わっているエンジンだったんですね、それがハマりまして。それからですよ」
坪松 「それから! この世界に、長く長く」
花島 「F3も最初は『なんだ、このイカみたいなクルマは』って(笑)。だから、最初はフォーミュラなんて、全然興味なかったです」
坪松 「その頃はシャシーもやっていたの?」
花島 「やがてね、シャシーもエンジンも、エンジニアも。やったら、F3も興味がわくもので。自然吸気で、ただ馬力を使うだけじゃなくって、パワーバンドがここにもなくちゃいけないし、ここにもっていう不思議なエンジンの魅力に、どんどんハマっていきました。ここを出すためにはバリバリノッキングするとか、あるじゃないですか? そういうのに非常に魅せられて」
坪松 「これが男! 花島の(笑)」
    次回はいよいよ最終回です。最後に、ふたりが抱いている気持ち、要望などを語ってもらいましょう。